カテゴリ:日記( 584 )

支援物資の受け入れ先



 マヤナッツ携帯食としての送り先をみつけました。
セカンドハーベストジャパン
http://www.2hj.org/index.php/news_j/disasterrelieffooddonations/


支援物資などの情報です。
ピースボートが炊き出し支援を行います。
それにあたっての物資の提供と資金援助支援募ってます。

転送します。
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信頼する皆様へ


ピースボートの小野寺愛です。

2011年3月11日(金)に発生した太平洋沖を震源とする地震から10日がたちまし
た。被災者の方々に対して、心よりのご冥福とお見舞いを申し上げます。皆様と
ご家族がご無事でいらっしゃることを心より祈りながら、このメールを書いてい
ます。

私が働いている国際NGOピースボートでは、ここ数日間、4名の先遣隊スタッフが
宮城県石巻市内に緊急災害支援の現地調査に入っていました。うち1名が今後の
対策を練るため、今日東京に戻りました。

皆さまからご提供いただいた毛布や飲料水などの緊急支援物資を被災者の方々の
もとへ届けましたが、現地の地震と津波による被害は甚大で、引き続き緊急支援
が必要な状態です。地震発生から一週間、ライフラインの破壊や食糧の不足、冬
の寒さの影響など、被災者の方々の体力の衰えが心配されます。ピースボートで
は、とくに炊き出しによる支援活動に力を入れていくことを決定しました。

現在、被災地で避難所に身を寄せている人々は確認されているだけでも36万2877
人、避難所の数は2200か所あります。まだ発見されていない避難所、避難所認定
を受けていないけれど人が多数避難している場所もたくさんあります。日本赤十
字社など大手機関、大手NGOが、各自治体の震災復興対策本部まで続々と物資を
輸送しています。しかし、その物資をニーズのある避難所や孤立した人々へ届け
る人手が、まったく足りていません。

石巻市の現状で言えば、人口16万人の都市に対してこれまでに現地を訪れたボ
ランティアがのべ100人。本日、3/20に石巻市の対策本部で行われた活動中の
現地ボランティアの打ち合わせ参加者は、わずか20人でした。圧倒的な人手不
足です。自衛隊も各避難所を訪れて食糧を提供していますが、どうしても保存食
中心の配布になるため、1日3食すべてパンで済ませている避難所なども多いで
す。あたたかい食事を得るための炊き出しが急務です。

ピースボートでは、先週から炊き出しのための物資(以下のHPに詳細)を集めて
きました。今週から、現地に炊き出し隊として向かうボランティアを募集し、説
明会と研修を行います。政府のボランティア連携室、他のNGOや被災地の対策本
部と連携しながら、毎週50人以上の人員を送り出せる体制を準備できています。

炊き出しは、今後数週間は続くことが予想されます。資金がまったく足りていま
せん。炊き出しのための食材費、そしてその運送費用のご寄付をいただけたら幸
甚です。ご協力をお願いいたします。


▼募集中の物資、寄付金振込先など詳細:
http://www.peaceboat.org/info/news/2011/110318.html


以下、数日間、石巻市で野宿を続けながら活動する現地スタッフ、上野祥法から
昨晩聞き取りをした現地情報です。電話をしながら書き取ったメモですので、読
み苦しい部分もあるかと思いますが、現地の雰囲気を知るには十分かと思います。


「石巻市では、社会福祉協議会が災害対策本部になっている。ピースボートも他
団体も、ここを拠点に活動している。対策本部には、ボランティアセンターに遺
体の発見情報など、毎日、随時、張り出されている。その掲示板で家族の安全を
確認して喜ぶ人、悲報の前に泣き崩れる人、泣き崩れる人を励ます近所の人がい
る。その風景に圧倒される。区役所の死亡届受付窓口は1か所だけでは足りず、
窓口を広げている。

まだまだ安否確認が取れない人も多数いるので原付チャリで町をまわり、助けが
必要な人がいないか見回りをしている。町は全壊。泥と瓦礫がそこらじゅうにあ
る。道を作るために、ブルドーザーなどで泥や瓦礫をガガガーっとよけて、道を
あけている中で遺体が次々に出てくる。

町が全部飲みこまれている。風景を見るだけでも自分が飲み込まれるような思い
になるが、ここに一人ひとりの生活があったと思うとやり切れない。何万人ぶん
ものかけがえのない日常が、一気になくなっている。自分の家があった場所で立
ち尽くしているだけの人もいる。自分も、昨日までは声をあげて泣きながら、支
援物資を配り歩いていた。深夜、活動を終えて、やり場のない想いがどうしよう
もなくなって妻に電話し、大声で泣いた。そうやって感情を消化しなければ、前
に進んでいけない。

すでに避難所として対策本部に登録された場所のケアさえままならない中、「避
難所認定」されていない(=だから優先的に支援されない)けれど人が集まって
いる場所もまだまだたくさんある。そして、発見されていないままの避難所もあ
る。東北人の気質として、自立というか『施しを受ける』ことに皆さん慣れてい
ないようだ。とにかくじっと我慢してしまう。たとえば、家が全壊した人は他に
行くあてもなく避難所に来るが、1階だけ浸水する、半壊する、などの人は、そ
のまま家に踏ん張ってしまう。家が半分残っていても、電気も水道も食糧も、ラ
イフラインが何もない状態に変わりはないが、それでも家を離れない。ようやく
一度、食糧確保に避難所に行き、また久しぶりに家に戻ったら火事場泥棒が入っ
ていて、何もなくなっていた、というケースもいくつも聞く。「人に頼るなんて
できん。みんな大変な中、自分は一部だけでも家が残っているのだから」とただ
耐えている人を見るのが辛い。今日で震災から10日目だけれど、それまでバナナ
1本で過ごした人にも会った。瓦礫で孤立した小学校が5日前に見つかったが、そ
こにいた70人はそれまで一切飲まず食わずだった。

昨日くらいから突然救急車の出動が多い。避難所もぎゅうぎゅう詰め。暖房器具
もないが、かたい廊下に毛布1枚だけ敷いて寝ている。障がいを持ったお年寄り
から子ども達までが同じ状態で過ごしている。自分自身は野宿しているが、防寒
着を6~7枚来て寝袋に入り、さらにその上に毛布2枚でホッカイロまで使う。そ
れでも寒くて目が覚める。そんな状態で、避難所の中とは言え、お年寄りも子ど
もたちも毛布1枚。個人的推測だが、常備薬がなくなった人、体調崩す人が増
え、限界にきていることが救急車が増えた理由ではないか。

市の職員も3割死亡している。職員のほとんどが災害が発生してからただの一度
も家に帰っていない。自分の家族の安否もわからないまま、地域のために働き続
けている。完全にオーバーワーク。行政も全体像をまったく把握できていない。
まだ見つかっていない人の情報、発見されていない避難所をみつけて聞き取りを
集めてくるのがNGOの仕事になりつつある。

今日、はじめて、現地入りしているボランティアの人々全員が顔を合わせて情報
共有した。これまではそれぞれに場当たり的に動いていたが、今後はデータベー
ス作りをはじめ、情報共有をすることを決めた。それぞれが得意とする分野での
役割分担、地域分担も行った。現在、石巻市では6団体が活動している。今日の
打ち合わせには20人が参加していた。今日の昼間まで(1日で帰った人も含め)
のべ100人のボランティアとして現地入りしている。

避難所暮らしの人脳のうち、親戚がいるなどで他県に出ていける人はすでに出て
いっている。ある町の避難所人口4900人から一晩明けたら700人いなくなってい
たりしたこともあった。

そんな中、今後必要なのはそれでも避難所に残るしかない大多数の人々のための
ケア。行政職員と交代しながら安否確認の業務など行うNGOボランティアを行政
も募集している。完全な復興までの間、とてつもない大人数が必要になる。家を
失い、避難所に身を寄せる人々の多くは、今の暮らしが一時的なものではなく、
長く続くものだという覚悟をしはじめた。今後、たとえば木の床の上に畳を敷き
詰める、個人のプライバシースペースを確保するなどのケアが必要。ヘルパー、
ケアマネージャー、カウンセラーなども数週間後には必要になってくる」


聞き取り内容は以上です。

大きな組織や自衛隊では手が回りきらない小さな避難所や集落がまだまだたくさ
んあります。民間組織にしかできないことがある中、小さな組織で今後数ヶ月炊
き出しを行なうには、資金が圧倒的に不足しています。野菜、米など食材の支
援、鍋やカセットコンロなど炊き出し機材の支援、食材費や輸送費の支援にご協
力ください。御家族、ご友人と情報を共有いただけたら幸甚です。どうぞよろし
くお願いいたします。

小野寺愛
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by mamagrande | 2011-03-21 21:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)
日本人の女性が受けられた、宇宙からのメッセージ


ホメオパス∞りゅうさんのメッセージ
『日出る国の民たちへのメッセージ』

日本よ
日本の民よ
日出る国の民たちよ
地震多き 原発多き 島国にて
まるで龍神の背の上で暮らすかのごとき
暮らしを選んだ勇気ある民たちよ
見たこともない すさまじき 未曾有の試練を
意識もしない魂の底で
実は受け入れていたあなたたちよ
あなたたちの 誇り高さを称えます
大変な犠牲もありましたが
その者たちも 瞬時に光となり
さらなる被害を食い止めようと全力で働いています
まだ肉体ある あなたたちが
そんなことで どうするのです
恐怖の連鎖に飲み込まれてはなりません
怖れや不安や緊張やパニックに便乗してはなりません
あなたたちは なんのために
今まで長い時間をかけて自分のことを癒して来たのですか
沢山の内なる浄化を続けてきたのですか
なんのために眠れる力を目覚めさせてきたのですか
沢山の人に助けられて来たのですか
集団の祈りの力を 信じれるようになってきていたのですか

今のためであった
それを感じるでしょう
不吉な予言の奥を見なさい
そうならないようにするために予言はある
今こそ
祈りなさい
歌いなさい
手をとりなさい
力をあわせなさい
政治的な大事な決断する人の意識に届くように
ガレキの奥で助けを求めてる人を
誰かが偶然のごとく見えない力に導かれて見つけ出すように
原子炉がなんとかもちこたえるように
風向きが最も被害少なき方向へ流れるように
救助しやすき天気になるように
祈ることは山ほどあろうぞ
地震前のあなたたちの俗っぽい悩み
全て ぶっとんだであろう
いつもと変わらぬ毎日
全て くつがえったであろう
政治批判をしてきた者よ
衣食住が今まであっただけでも なんとありがたき政策か
電気のありがたさ
ガスのありがたさ
水のありがたさ
屋根ある家のありがたさ
身に染みたであろうぞ
今 体調が悪い者よ
誇りなさい
あなたたちは自分の身体を使い
被害の何兆分の一かでも
身をていして
引き受ける勇敢な者たちなり
たった一日で
全員が真実をみたな
そう
ほんとうに大事なのは
生きること
できれば大事な人たちと
できれば少しでも多くの人たちと
生きて笑えること 笑いあえること それだけだな
連絡が滞ってた人に連絡をしたであろう
大嫌いだった人の安否も気になったであろう
そう あなたたちは 愛のかたまり
いつだって ほんとは そうであった
思い出して
あなたたちは
自殺したい時であろうが
誰かを殺したい時であろうが
いつだって
愛そのものであったことを
日出る国の民よ
あなたたちは集団覚醒した
それぞれが
微力であろうとも
それが重なり合えば
まばゆき光となりき
強大な熱を持ち
エネルギーとなり絶大なるパワーを放つ
届かせよ
できるだけ遠くまで
祈れよ
感じるままに
最大の窮地
それぞれが
それぞれに
限界だと思う もうちょっとだけ先まで
どうか持ちこたえよ
今こそ あなたたちが望んだ世界がはじまるのだ
見届けよ
最後の一人となろうとも
大和魂 復活の時きたれり
一人でも多くの手をとれ
サポート多きあることを
信じなさい
われわれも
共にゆかん
天岩戸は開かれた
日本よ
日本の民よ
日出る国の民たちよ
世界を照らす
地球を照らす
太陽となれ
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by mamagrande | 2011-03-21 13:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ティクナット・ハンより

 震災から1週間過ぎ日本の中ではいろんな活動が始まってきました。
そして、海外からも日本を想う気持ちがよせられています。
グアテマラのマヤナッツグループから、友人や旅先であった友人。
メキシコやロスで震災を知り、日本人だと知ると
心から心配してくれ、日本の人達にはげましの
言葉をかけてくれ、今から帰国する私はとても
胸にぐっときました。

被災された方達、原発の放射能でおびえる方達、
そして、
これからどうなっていくのかわからない、みえない恐怖に
心が擦り減っていくようなそんな日々に
どうか、世界中の人達が私達のことを
見守って祈ってくれていることを忘れないで。



これは、私の尊敬するティク・ナット・ハン氏(ベトナム人僧侶)から寄せられた文
私の参加しているMLに送られてきたもの。
訳:辻信一さん

 親愛なる日本の友へ
今回の悲劇で亡くなった多数の方々のことを想う時、ある意味で自分自身もまた、部分的にではあれ、死んだのだと強く感じられます。人類の一部の苦しみは、全人類の苦しみです。また、人類と地球はひとつの身体ですから、その身体の一部に起きていることは、全身にも起きているのです。

今回のような出来事は、私たちの生命に限りがあることを思い出させてくれます。また、いちばん大切なことが何かを思い出させてくれます。それは、互いを愛し合い、助け合うことであり、こうして生きている一瞬一瞬をありがたく生きること。それが亡くなった人々へのために私たちができる最良のことです。私たちは、自分の内でその人々が美しく生き続けられるように、生きるのです。

フランス、そして世界各国のプラムヴィレッジ瞑想センターの兄弟姉妹たちは、日本の皆さんのためにお経をあげ、平和と癒しと保護のエネルギーを送り続けています。

私たちの思いは皆さんとともにあります。

ティク・ナット・ハン
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by mamagrande | 2011-03-20 17:27 | 日記 | Trackback | Comments(0)

救援物資にマヤナッツ

 昨日地元都留から救援物資を届けることを知りました。
リストの中に日持ちのするカロリーメイト、ドライフルーツ。。。と
ありました。
うちにあるものは大量?のマヤナッツ
マヤナッツ使ったお菓子は栄養もあるし
卵を使わなければ日持ちもする。

携帯食にもってこいです。

マヤナッツビスコッティを大量に焼いて
被災者に送りたいと思います。

協力してくださるかた
連絡ください。

自分で作って送ってくださる方、
こちらで一括して持っていって
くださる方に届けます。

アレルギーの問題もあるので
何が入ってるかの表示と賞味期限は
販売するときのように誰が作ったかとか
明記してください。

miho★mayanuts.jp ★を@にかえて
連絡ください。

第1便は23日、第2便は28日まで
その前日までにこちらに届けてください。
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by mamagrande | 2011-03-19 11:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

被災者の受け入れ先に

 
NPO法人Earth Day Moneyで被災者の受け入れ登録を
始めています。
受け入れ可能な方はエントリーしてください。


>以下、HP転記します。↓
>http://earthdaymoney.org/topics_dt.php?id=390
>ーーー
>「被災者ホームステイ」を呼びかけます!
>
>長期化が予測される避難生活を、少しでも緩和する受け皿に・
>・・。
>あなたの「家庭」を、提供してください。
>2011年3月11日に発生した東日本大震災による被害の甚大さは
>、目を覆うばかりです。
>そして、かろうじて難を逃れた数多くの人が、体育館や公共施
>設など、厳しい環境で避難生活を送っていますが、避難生活は
>長期化することが予想され、避難する人たちの疲労やストレス
>は、耐えがたいものと想像することができます。
>
>まずは、行政や国内外の災害支援ボランティアによる現地にお
>ける救援作業・復旧作業の進展を祈りつつも、仮設住宅の建設
>など、被災されたみなさまが、ひとまず「次」のステップへと
>進むまでの道のりすらも、まだ先行きが長いことも予想されま
>す。
>
>そこで今回、幸いにも大きな被害を免れた地域の人たちができ
>ることの提案として、「被災者ホームステイ」の協力を呼びか
>けます。
>
>被災者ホームステイとは、1ヵ月から3ヵ月程度の間、一時的に
>被災者を受け入れ、仮設住宅や次の住まいを見つけるまでの間
>、アットホームな環境を提供していただくボランティア活動で
>す。
>被災者がひとときのくつろぎを感じ、少しでも元気を取り戻せ
>るような環境の提供に、ぜひご協力をお願いします。
>
>受け入れの詳細は↓
>http://earthdaymoney.org/topics_dt.php?id=390
>
>【まずはエントリーをお願いします】
>「被災者ホームステイ」の受け入れにご協力いただけるご家庭
>は、上記の「受入家庭の役割」についてよくご理解いただいた
>うえで、以下の登録フォームより、ご協力のお申し出をお願い
>します。
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by mamagrande | 2011-03-18 13:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)

帰国&ここでできること

みなさん、こんにちは。
ロスから無事に飛行機飛んで
地震後の混乱の最中帰国しました。


帰国早々
私の周りの外国人の友人たちは
早々に東京から脱出したり、国外に
退去したりとしている中
日本の人達とのギャップを感じたりもしていました。

帰国後4日たちましたが
情報が錯そうする中、自分自身が混乱したり
普通の生活ができたりアップダウンしながらも
落ち着きを失わいようにしています。


今回は地震と放射能汚染という
二つの出来事が重なって、だれもが
他人事ではない気持ちになっているのでは
と思います。
実際に地震で被災にあわれた方や
今でも行方が分からない方には
福島原発に近いかたは
どんなに不安な日々をおくられてるかと
思うと、ここ、山梨にいて放射能のことを
心配しつつも急をようすることではないこと。
自分がどこかに避難することも
昨日までは考えていたけど
今の気持ちはここで
できることをやろうという気持ちになっています。

できることを考えたときに
ここ山梨でも安全かどうかわかりませんが
避難場所として提供しようと思います。
提供先:自宅、近くの家 全部で雑魚寝なら20人くらい泊まれます。
個室は5部屋

東京新宿から1時間20分です。

 
他に登録もしたので子供がいる方、妊婦さんを優先します。 

もうひとつは、分かち合う場所
私自身のためにも人と分かち合うということ
とても必要だと思っています。

スカイプを時間をきめて立ち上げておきますので
必要な方は一緒に話をしましょう。



計画停電があって立ち上げられない時間や
いないときもありますが
スカイプをなるべくたちあげて
おくので、必要な方きてください。
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by mamagrande | 2011-03-18 12:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)
 メキシコの街中で日本の地震のニュースが流れていた。
市場のおじさんに日本ですごい地震がおこったみたいだよと
言われ驚いた。
ホテルに戻ってネットでニュースをチェックした。
今の時代ネットがつながるので
こんな時は混乱せずに助かる。
思ったより大きな地震で
被害も大きく、原発からの放射能が放出も
心配だ。
明日、メキシコを発ち、ロスを経由して
日本に帰るのだが、今は落ち着いて
祈ろう。
これから何ができるのか
考えようと思う。
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by mamagrande | 2011-03-12 12:53 | 日記 | Trackback | Comments(1)

新しい自分の発見?


たまたま夕食を食べに入ったレストランは
ちょっと静かな通りだったので
観光客はいなかったし、他のお客もいなかった。
外国人がやってる小さなレストランだった。
その日のメニュウを頼みちょうど食べ終わった頃に
隣の席に女性のお客が座った。
待ち合わせしていたのか遅れてもうひとり女性が
入って座った。
スペイン語で話していたので二人とも現地の人だと
思った。
何やら隣でカードを出してひきはじめた。
おもしろそうで、気になりちらちらみていた。
思わず何カードなの?と聞いたら
スピリチュアルカードよ。という。
ふむ、ふむ。
そして、またふたりでやってるのが
ますます気になって
ついには席を移り
やっていることをみさせてもらった。
自分が質問したいことを思って
カードをきって、ひく。そのカードの絵をみてどんな風に
みえるか本人が読むのだ。
それを3回やる。
それがなかなかなるほどと思うような
ことが現われるから不思議だった。
今逢ったばかりの何も知らなかった人がそのカードを
読んでるうちにその人の抱えてる問題や
未来を想像できてしまう。
そして、そのカードの読み方もそれぞれによって
全く違う。出会ったばかりの人とそんなあそびをやって
お互いを深く知りえたような気がして楽しかった。

もちろん私もやった。
そしたら、私の内面ではなく外面で怖がってるものが
あること。そうだ、私はずっとそうだった、ことを
また思い出した。
それなのに、隣の席の人に声をかけ
初めての人とこんなに楽しんでる私も存在していて
驚いた。
こんなことをしたのは生まれて初めてじゃないかと思う。
いつもは人見知りで人の輪の中に入っていくのをとても
恐れているのに。
違う自分がいること、もしくは、違う自分になったこと、
それがとても嬉しかった。

席を移る前から急に雨が降り始めて
しばらく帰れないなと思ってたのが
それをやってるうちにいつのまにか
雨は上がっていた。
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by mamagrande | 2011-03-05 07:56 | 日記 | Trackback | Comments(1)

毎日が野外マーケット

3月5日 毎日が野外マーケット!
in メキシコ サンクリストバル・デ・ラスカサス
ここにはグアテマラと同じく20年通ってる。
ここの近隣の村にマヤ先住民が暮らしていて
この街の教会の一角に市場を形成している。
その市場にはいろんな村の先住民の女性達が
(ほぼ女性)お店をだしている。
野外なので、毎日簡易のテントをたてて
大量の商品を出し入れしている。
大きな荷物を運ぶときや、テント建てたり、撤収するときに
は男の人が現れてやっている。
とても大変な作業を毎日繰り返しているな~
ほんとにすごい。
その合間に赤ちゃんに乳を飲ませたり、子供を遊ばせたり
ご飯を食べたり、刺繍や織物の仕事までしているのだから。。。
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by mamagrande | 2011-03-05 05:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)

懐かしい人

 この前来て、銀行で並んでたとき
どこかでみたような顔に出会った。
向こうもじっ~~~とみていて
記憶の糸をたぐりよせるように
お互いにほぼ同時にわかったのだ。
20年近くの時がたってる。

私のスペイン語の先生だった人。
彼女の名前はサンドラというのも思い出した。
サンドラとは先生という関係だけでなく
彼女の家に住まわせてもらっていた。
彼女の最初の結婚、離婚、その後はわからなくなってたけど
また別の人と再婚して、今は近くの街に引っ越したけど
先生はやってるらしい。

面影はあるが、とてもふけてみえた。
同じ年数だけ私も年を重ねたわけだ。
彼女はいつも陽気でいつも歌うか踊っていた。
人の目をじーとみるあの目は変わっていなかった。
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by mamagrande | 2011-02-25 03:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

日々の気づきを綴っています。みなさまと一緒に魂の成長、意識の拡大をしていけたらと思います。


by mayalovejoy