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恥ずかしいという思いを手放す

今日街でいつも通う先住民の人と会って
話しをしていたら、たまたま歳を聞かれた。

適当に答えて、1歳の乳飲み子を抱える彼女にも
いくつ?と聞き返したら28と。
もうひとり彼女の妹が赤ちゃんを抱いておっぱいを
飲ませていたので、彼女はいくつと?と聞くと
18歳だという。
いつも会う彼女はせいぜい30代後半か40代だと思っていた。

そんなに若かったのかと驚いた。

彼女は私に「子供は?」と聞き、「いないんだよね。」と答えた。

先住民の人達は子供がたくさんいる人が多いので
子供がいないというと驚かれる。

私もそのような会話がなされる時に
欲しかったけど、授けられなかったという風に付け加えることもある。

このような会話は、しばしばある。

そのあと、教会でまた瞑想をしていた。
メキシコやグアテマラにはいたるところに
教会があるから、ちょっと落ち着きたい時には
とてもいい場所。

その中でTerraOttoAkemiさんがブログに書いていた
意識の拡大ということを宇宙存在?神?深いところの自分とやりとりしていた。


気づきを深めてください。
気になることを見ていき、気づきを深めてください。

ふっと気になったのが、先ほどの会話。
歳のことを聞かれると隠したくなること。
子供のことも。なんかいうのにためらいがある。

歳のことをどうして隠したがるのでしょうか?

歳のことや子供のことをいうことが
恥ずかしいのですか?

恥ずかしいとしたら、どういう生き方をしてきたのですか?

恥ずかしくない生き方に変えてください。

子供がいなくて独身ということが
恥ずかしいことでしょうか?

恥ずかしいという思いがあるなら
手放してください。

恥ずかしくない生き方に変えてください。

自分を誇らしいと思ってもいいのでは
ないでしょうか?

こういう言葉が返ってきて
私の深いところに一人の人として
子供がいないこと、独身であること
歳のこと。

あまり深く考えたことは、なかったけど
子供がいないことは、一人前の大人ではない。未熟者とか。
独身でいることは。。。とか
自分の中に恥ずかしいというのがあったのだと気づかされた。

涙がとめどなくこぼれて
ふっと顔をあげると、誰もいなかった教会に
人がいっぱいになっていた。
ミサが始まるのだ。(なぜかいつもこういうシチュエーション)

静かに退散して、にぎやかな街の中を
今気づかされたことに、涙しながら
歩いた。

私は、ほんとはいくつなんだろう?って
数えたときに、もうすぐ50歳になるだと
思ったら自分で驚いてしまった。

ここまで頑張って生きてきて、
いろんな苦労もしてきたから
今の自分があるわけで、

決して恥ずかしい生き方はしてきないと思えるから
自分にもう少し誇りをもって
あげようと思った。


こんなことをブログに書くことも
恥ずかしいのですが、
その恥ずかしさも手放し、誰かのために
助けになればと思って、勇気をだして書かせていただきました。
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by mamagrande | 2014-01-27 13:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)

日々の気づきを綴っています。みなさまと一緒に魂の成長、意識の拡大をしていけたらと思います。


by mayalovejoy